2009.08.05

ピョコタン的不思議ライフスタイルのすすめ?

皆さんは「ピョコタン」と言う漫画家を知っておられるだろうか?
彼の生き様はまじめな人からは目の敵にされそうなものかもしれない。

彼の生き様が垣間見られるインタビューをご覧頂きたい(右クリックで別窓)

こんなんでどうして今まで生きてこれたのか首をかしげる人、「自分はこんなに毎日がんばっている(苦しんでいる)のに何だあいつは!」といらいらする人、思わず笑ってしまう人、色々なリアクションがあるだろう。私は彼の持つ「楽しさを食べて生きる力」に尊敬の念を持った。
「ピョコタン」はお金で食べてるんじゃなくて、「楽しさ」を食べて生きてるんだろうな。そういう運勢を作れる人。一種の生命力。

そんな彼の生き様を支え、楽しさを食べて生きる運勢を作った生命力の一端をご覧下さい。
 続き
・・・ちゃんと「楽しさ」をエネルギー源にとんでもない運勢を作っている。

タイミングと物理的背景(=時間と空間)、ピョコタン独特の漫画を発想していた本人の感性、本人の興味が向く方向(本人が楽しいと思った物事)、本人と参加者の事情…色々な条件が全てひとつに集約した偶然が「ポーカー大会の奇跡」を発生させ、彼の運勢(可能性)をさらに切り開く。そんな集約の偶然(もはや奇跡)を楽しんで漫画にし、読者が読むことで読者をも楽しませ、その結果漫画家としての運勢(可能性)までUPするかも知れない。
まるでいろんなことがうまい具合に一つの結果へ集約するべく計算された大規模な 「運勢的ピタゴラ装置」みたいだ。

「特に気合を入れるでもなく、ただ楽しさを求め楽しさを食べることで周囲に新たな楽しさを生み出し供給する」こんなことできる人が他にどれだけいるだろうか?
ポーカー大会の奇跡はシンクロニシティー(意味のある偶然の一致)のなかでもかなりハイレベル。「異様な調和」とでも言えばいいのか? もはや人間業じゃない。というかこれは彼個人(自我意識)の仕業じゃない。 「ピョコタン」は努力・根性・勤勉といった人間の能力の中でも現代文明の前提基盤になっている「自我領域の力(物理的知性)」をよりどころにした生き方をしていないのではないかと思う(彼自身はそんなこと意識してないと思うが)。

ジョジョ風に言うと、
「な…何を言ってるのかわからねえと思うが努力とか根性だとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

こんな運勢を作れるほど高度な生命力は意識的に作れるわけがない。個人の無意識世界にある運勢を作る領域(多分個のレベルを超えた集団の無意識とつながっている)との連動率・シンクロ率が半端じゃない。 自我領域を超えた力と連動した生き方・・・自我の視点から見れば「インチキ」か「奇跡」のどちらかだろう。
もしかすると、自我(物理的知性)だけの力を前提基盤に使った生き方に限界が来ているのが今の現代社会で、それに対する別のライフスタイルの一例が「ピョコタン」なのかもしれない。彼の自我領域を超えた生き方は、どちらかというとチベットあたりで山篭りをする修行者に近いかもしれない。

「人間」と言う生き物は、私達が頭(自我)で考えているようなものじゃないのかもしれない。私達ですら、私達を知らない。

「楽しさを食べる生き様」…
いつかそんなことさえできるほどの境地に到達できる日が私にも来るだろうか。

文明と生命力の使い道
人々を社会に合わせさせる? 社会を人々に合わせる?
村上春樹氏のスピーチ

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2008.03.31

コネクト!オン占いコーナー最終回

コネクト!オンの占いコーナーが今回のVOL.17で最終回になります。
コネクたんの開運待ち受け画像配信も今回が最後です。
http://coneon.com/dl.html

読んでいただいた皆さん、ダウンロードしていただいた皆さん、ありがとうございましたm--m

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2008.03.04

コネクト!オン連載終了のお知らせ

vol.17でコネクト!オンの占いの連載を終了します。
開運待ち受け画像の配信は来月分までです。
初めてイラストを使っていただいたお仕事でもあるので感慨深いです。
ご覧頂いた皆様、ありがとうございました。

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2007.11.16

「MISTY」12月号に載ります

17日発売の月刊MISTY12月号の「人生相談の小部屋」というコーナーに載るみたいです。コーナーの趣旨はMISTY読者が悩みを投稿し、それに対して毎回色んな占い師さんがお答えするというやつです。今回は私がお答えすることと相成りました。
普段MISTYを読んでる人は探してやってください。

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2007.08.05

予言とカタルシス願望2

※非科学的なお話です。「カタルシス願望」の説明はこちら。   ※お好みでBGMどうぞ(右クリック別窓)。

ジュセリーノの予言とカタルシス

「ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース」というブラジル人の男性がいる。普段は高校で語学の先生をしているが、「予言者」もやっている。なんでも、9歳の頃から身の回りのことに関する予知夢(未来の出来事を暗示する夢)を見るようになり、それがまたよく当たっていたのだそうだ(当たったとされる予言はこちら)。現在は予知夢を通して世界中の出来事を予言しており、予言の内容は公文書に記録しているらしい。夢のお告げに従って、各国の政治家に予言の内容を記した手紙を送ることもあるそうだ。ノーベル賞を受賞した元米国副大統領のアル・ゴア氏にも、何年も前に手紙を送ったことがあるという。そんな彼は今、ブラジルのみならず日本でも話題になっていて今年たま出版から彼の「予言」をまとめた本も出た。日本のテレビでも取り上げられた。
彼が予言する出来事で印象的なのは、世界中で巻き起こるらしい終末的な自然災害だ。特に、大地震の予言が注目されている。他には事故や犯罪、そして「人類滅亡」についての予言もあり、これまた人々の注目を引いている。その様子は20世紀に流行った終末予言系のパターンと似ている気がする。

注目される彼の予言に地震の予言がある、ということは、地震の夢を見ている、ということ。夢の世界では、地震は精神的な動揺とか、現状に対する不満や現状を変えたい(破壊したい)気持ちの象徴だったり、あるいはそれこそ「自信がゆらぐ」という意味にもなったりする。いかにもカタルシス願望の原因になりそうな心理の象徴だ。
そして、「集合無意識を覗き込む夢」ともいわれている予知夢で地震の夢を見るということは、カタルシス願望を持っているのは夢を見た本人のみならず、彼の夢(予言)に興味を持った多くの人々にとっても同じことかもしれない。まさに、「カタルシスを夢見る」。地震予言が特に注目される理由は、日本が地震国だという理由だけだろうか?世紀末を過ぎても予言が話題になるということは、「予言ビジネス」が儲かるということは、それだけまだ「予言」に需要があるということ。それだけカタルシス願望を持っている人がいるということか。その願望は、破壊的な予言に投影されるようだ。特に、「不満や鬱屈を抱えているけれど、その正体が具体的に何なのかハッキリしない」という状態でのカタルシス願望は、鬱屈の投影先が定まらず、結果鬱屈があらゆるものに投影されてしまい、「壊したいものがハッキリ分からないから、とりあえず手当たり次第に色んなものを壊してみよう」という無意識のイメージにつながって「世界中を壊して回る」ような終末予言系のネタに願望が投影されても不思議はないかも(なお、ジュセリーノはテロや犯罪の予言も沢山している。鬱屈がテロや犯罪にも繋がりうることは、言うまでもない)。また、「漠然とした閉塞感を打開したいけれど、閉塞感の正体が分からないので打開の方法が分からない。」「自力では閉塞感を打開出来ないと思われる」状態でのカタルシス願望の場合、願望の投影先が「神秘的なもの・謎めいたもの・人知を超えたもの」になることも多いのではないか。何か人の力を超えた不思議な力が自分でも正体の分からない鬱屈を捕まえてカタルシスを起こしてはくれまいか(自分の現状を変えてくれまいか)と期待する心理・・・
21世紀初頭。そんな状態でカタルシスを無意識に求めている人は、一体どれだけいるんだろう? 恐ろしげな予言の話を「怖い怖い」と言いつつ実は心のどこかで妙に楽しくなっちゃう心理は、誰にでもありうること。「カタルシス」は語源が示すように娯楽の側面があるのだ(日本の伝統的カタルシス法は怪談かも)。だからメディアはセンセーショナルに盛り上げる。本も売れる。世紀末をとうに過ぎたとしても。
古代ギリシャの観客は上演される悲劇に己の過去の悲しみや苦しみを投影し、追体験し、涙で悲しみを浄化した。それが「カタルシス」の起源だ。今では絶叫マシーンや怖い映画などで日常のストレスを解消するなどのカタルシスを遂げる人は多いが、終末系予言にカタルシス願望を投影する人の場合、実は「壊したいものが何か分からない」こと自体がストレスなので、予言に漠然と期待感を投影するだけではすっきりし足りない人も多い。その場合は壊すべき鬱屈の正体と理由をしっかり知ってはじめてカタルシスが完了する。多くの人は今までの終末ブームで漠然とした願望投影は出来ても、鬱屈の正体を知ることは出来なかった。ある予言でカタルシスが遂げられなければ、別の予言を「はしご」する。だから終末ブームは終わらない。壊したいのは自分の奥深くの鬱屈であって、外の「世界」にあるものじゃないと気付くまで。比喩的にいうなら、「自分の可能性を広げるために、それを妨げている内なる世界の殻を壊したい」といった感じだろうか(セカイ系アニメが流行るのもそういう風潮?)。
(それに気づけなかったオウムはとうとう暴走して、ハルマゲドンになぞらえたテロという形で終末系カタルシスをやってしまった?)

予知夢を見るジュセリーノの予言の中でも特に人々の注目を引く予言に、
今年は人類が過ちに気付く最後の機会
という予言がある。これは、「予言に注目する人々が気付かずに見過ごしてきた自分の中の壊すべき『正体』に気付く機会だよ」と言いたいのかも(07年が最後の機会ではないだろうが)。まるで、自分の予言に『壊すべきもの』を投影させ、なおかつその正体に気付かせようとしているみたい(終末論で常套句の「悔い改めよ!」というセリフは、「見落としている鬱屈に気付け!」という無意識の表現だったりして)。
そう考えると、ジュセリーノには「未然に危機を注げる予言者」よりも人々にカタルシス(心の浄化)を与えるアリストテレス時代のギリシャ悲劇の作家のような役割がより強いと感じる。そして、ジュセリーノは無意識のうちに、「センセーショナルなコワい予言」という形で人々の心に破壊的な悲劇を上演し、感情移入させる。なおかつ鬱屈の正体に気付くことを促し、一部の人々には今まで叶わなかったカタルシス(心の浄化)を引き起こす手助けをする機能へ無意識になろうとしているのかも、と電波な妄想をしてみたい(私が面白いから)。

カタルシスは「起きる」ものではなく無意識が「作り出す」もの。前回も書いたが、人は心の中で何かを強く望むと、意識的にだろうが無意識にだろうが、実際にそれを現実化させる(又はリアリティーを持たせる)傾向にある。人の運勢も同じで、心(無意識を含む)に強く思うものがあると、その影響が運勢という形で現実世界に反映される。多くの人々がカタルシスを強く思うなら、その思いは人々の無意識(或いは集合無意識)に記録されて、やがて彼らの運勢に何らかの形で「カタルシス」が現れる。それが起きる場所は個人の内面世界か、外の世界か? 彼らは真実どちらを望んでいるか気づくだろうか?
もしもジュセリーノの「予言の発表(悲劇の上演)自体」が人々のカタルシス願望を満たすのならば、人々はそこで満足して(己の壊すべき正体に気付いて)その先の「物理的な予言の実現(悲劇の実現)」までは望まなくなるだろう。カタルシス(心の浄化)が人々の運勢に現れるなら、「予言を聞きその中身を劇の観客のように疑似体験することを通して己の隠れた鬱屈の正体を知り、自らそれを壊す」という形式になる。だから外の世界で実際に予言の災いが降りかかるまでの運勢は作られない。疑似体験がうまく行けばいくほど、人々のカタルシスは心の中で完結するので、予言は当たらなくなる(ジュセリーノ曰く、予言を回避するには人々の精神的変化が必要だとか)。ジュセリーノが「カタルシスヒーラー(?)」または「カタルシス文化の発信者」の役割を持つならば、人々の心の中でカタルシスが進むにつれて予知夢を見なくなるかもしれない。あるいは、予言を外すようになるかも(的中率・信憑性と話題性は必ずしも比例しない)。
だから、予言は「予言」であるうちに本気で楽しめばいい。悲劇に感情移入するように。緊急避難用の水や乾パンも用意すれば臨場感UPで更にいいかも。不謹慎だといって遠慮する必要はない。心理学曰く、「カタルシスは代償行為によって得られる満足」なのだから。予言は予言のうちに楽しんですっきり満足すれば、「予言の実現」が単なる「予言」止まりで「代償」できるかも。暴力的な手段での鬱屈解放より、怪談感覚で予言を怖がって楽しむ手段の方がよほど健全。

また、もしも本当に予言的中を怖がっている人がいたら。その人は予言に自己の内なる不安感を投影している可能性が高い。予言が怖いのではなく、抑圧された内側の不安感を恐れている感じ。本当に恐れているものは何か、抑圧された不安感の正体は何か。それが分かれば何も怖くなくなりそう。

人の運勢は、人間ひとりひとりから発する。だから、「運は自分で作る」とも言う。無意識に隠れた鬱屈や閉塞感を投影してその真相を知り、そこからの解放を強く思えば(=カタルシスを強く思えば)、それは運勢に反映される。破壊と再生は表裏一体。カタルシスはゴールじゃない。そこから新たなスタートが始まるのだ。人々が終末系予言に投影する願望は、「人智を超えた力による(心の)世界の変革」。・・・ユング心理学の概念を借りると、その「人智を超えた力」は実は、自我(顕在意識)の次元を超えた無意識の中心に住んでいる「自己(セルフ)」と呼ばれる「おおもとの自分」の力かもしれない。「このおおもとの自分」と自我がつながって上手に連携が取れたとき、非常に運勢がよい状態になるようだ。自分の鬱屈の正体を知り、閉塞間の打開や鬱屈浄化を成功させる運勢を作ることも出来るのかもしれない。ユング心理学で「自己(セルフ)」と名付けられた「おおもとの自分」も「自我」も、同一人物、同一の生命体だ。頭と足みたいなもの。自分で自分を無視(抑圧)してしまえば、確かに鬱屈が生まれやすいだろう。


BGM:"While the Earth Sleeps" by Peter Gabriel and Deep Forest.

聖火リレー騒動もカタルシス願望?
連想と投影の魔力
エコロジーと終末論

自分の鬱屈やカタルシス願望について占いたい方はこちら

※「カタルシス願望」につながる無意識の鬱屈や閉塞感などは、以前に書いた記事の「生命力を代替する文明」と「自分の生命力が分からない・うまく引き出せない・使い道がわからない」といったこととも関係あるまいか?
終末ブーム時代に流行った漫画が、「水没するビル街(文明破壊のイメージ。水は無意識の象徴)」という絵柄を採用してるのが多いようなので、ふとそう思った。
カタストロフィを起こす終末予言のイメージだと、滅びるのは大概文明世界だけで、自然界は滅ばないようだ。

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2007.07.30

予言とカタルシス願望1

※非科学的なお話です。  お好みでBGMどうぞ(右クリックで別窓)。

流行するカタルシス願望

カタルシス【katharsis(ギリシア)】(浄化・排泄の意)
1. 古代ギリシアの医学で、病的な体液を体外へ排出すること。瀉血(しゃけつ)。
2. アリストテレスは悲劇の目的をパトス(苦しみの感情)の浄化にあるとした。最も一般的な理解では、悲劇を見て涙をながしたり恐怖を味わったりすることで心の中のしこりを浄化するという意味。
3 .精神分析の用語。抑圧されて無意識の中にとどまっていた精神的外傷によるしこりを、言語・行為または情動として外部に表出することによって消散させようとする精神療法の技術。浄化法。
4. ジクムント・フロイトがこの語を採用したことから、カタルシスは代償行為によって得られる満足を指す心理用語としても用いられるようになった。

20世紀の日本。高度経済成長期~バブル崩壊を経て世紀末にかけて。ある有名なカタルシス願望が流行した。最初はマニアックな分野から発生したそれは、やがて漫画や小説や映画まで、それをイメージさせるような題材を使うものが流行った。それだけ需要があった。宗教の分野では、言うまでもない。
カタルシス願望。人々は、自分の内部にある鬱屈した「壊したいもの、消したいもの、水に流したいもの」を外の世界に投影し、それを破壊してすっきりしたくなる衝動に駆られることがあるようだ。どんな鬱屈なのかは、投影された「破壊したいもの」が象徴的に暗示している。

あの頃流行ったカタルシス願望の名前を、「終末ブーム(終末願望)」という。有名どころは五島勉の「ノストラダムスの大予言」。当時ベストセラーになり、何と翌年にはこれを原作とした文部省推薦の映画まで作られている。その後も、ノストラダムスの予言を焼き直したような終末予言系の本が世紀末までに沢山出た。世紀末が過ぎてしまった現在は、それに代わるものとして最近話題の「ジュセリーノの予言」などが挙げられるだろうか。あの頃からのカタルシス願望は、未だに十分には満たされていないようだ。経済の分野では既に一度「恐怖の大王」が降臨したと思うのだけど(バブル崩壊が人々のカタルシス願望を反映する出来事だったとしたら、バブル経済や当時の投機対象に投影されてたものは一体何だったんだろう?)、それだけじゃ願望成就として不十分なのか、その後には某宗教団体が自分たちの手で世間にカタルシス(カタストロフフィー)を起こそうとした事件まで起きた。そしたら破防法によって自分達がカタルシス(浄化)された。強いカタルシス願望が終末願望という形をとると、人は実際に「終末」を演出するような行動をとることがある。その例として「地下鉄サリン事件」のほか、海外の宗教団体が集団自殺をするニュースなどはこれまでに何度か報じられている。
・・・こういうのって、彼らだけでなく、テロリスト(特に自爆テロリスト)達にも通じる心理なのだろうか? 人は心の中で何かを強く思うと、意識的にだろうが無意識にだろうが、実際にそれを現実化させる(又はリアリティーを持たせる)傾向にある。人の運勢も同じ。心(無意識を含む)に強く思うものがあると、それが無意識の行動や運勢(現実)に反映されると言われている。
もしも多くの人が、カタルシスには恐ろしげな予言の「実現」が必要だと思ってしまったら・・・? 

破壊と再生は表裏一体。カタルシスの役割として、カタルシス願望の条件として、「破壊の先には新たな希望(可能性)が開ける」というものがある。心が浄化されれば、きっと新しい気分で毎日が送れる。毎日が変わる。ノストラダムスの予言で言うなら「恐怖の大王が降って来た後、火星が平和のうちに統治するだろう」という部分がそれ。希望へと続く道を開くには、それを妨げ「通せんぼ」している何かを破壊しなければならない。一体、何が道を塞いでいるのだろう? 投影の対象は、何の象徴だろう?

(以下、私の勝手な空想。根拠は皆無)
カタルシス願望の一種である終末願望は、「世界」が「神経症」になって鬱屈が解放・治癒(浄化)されることを願うシンボリックな願望。それは、自分の鬱屈を解放したい願望を「世界」に投影して発生する。「神経症」は無意識層に抑圧された鬱屈の存在とその正体と原因に気付かせ(自覚させ)、抑圧からの解放と浄化を促すための心の現象。その症状は鬱屈の性質を象徴的に反映するいわば「心のサイン」(それを読み解くのが精神分析)。 そのサインは、体が不調を脳に知らせるために発する痛みや不快感と似ている。終末願望を強く抱く人々の中には、実は自分も神経症のような「鬱屈浄化を促す心の現象」を欲しがっている場合さえあるかもしれない。神経症は本人の顕在意識にとっては異常事態。無意識にとっては「待ち望んだ解放と癒しの時」。そのアンビバレントな気持ちが「終末」という異常事態とそれを待ち望む気持ち「終末願望」という独特の風潮を生んだのかもしれない。その願望が集合無意識規模で発生すれば、それは「終末ブーム」になるのかも。

次回はこの続きで最近流行の「ジュセリーノの予言」について書いてみようと思う。
予言とカタルシス願望2
聖火リレー騒動もカタルシス願望?
連想と投影の魔力
エコロジーと終末論

参照:広辞苑と大辞泉、ノストラダムス現象
BGM:"Sadeness" by Enigma

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2007.07.03

シャーロックホームズの失われた冒険

以前から、「チベット人の書いたチベットが舞台のシャーロックホームズのパスティーシュ(模倣作品)がある」と聞いていた。ホームズは本家コナン・ドイルの書いた『最後の事件』という作品で宿敵モリアーティ教授と戦いのさなかに滝に落ちて以降、一度行方不明になっている。後の作品『空き家事件』の中でもちゃんと、「ライヘンバッハの滝に落ちてからの空白の2年間はチベットに旅行していた」と言っているらしい。その部分をチベット人が書いたというわけ。それがジャムヤン・ノルブの『シャーロックホームズの失われた冒険』
チベットが舞台のホームズパスティーシュは他にもいくつかあるらしいのだが、作者達があまりチベットに詳しくなかった。地元に詳しいチベット人が書いた作品は今回が初めてだそうだ。話がインドから始まることもあって、ラドヤード・キプリングの『少年キム』のネタもだいぶ入っている。
で、読んでみた。
・・・・・・・・・・
何と言うか・・・すごかった。いろんな意味で。シャーロックホームズをあまり読んだことのない私的には、面白かった。チベット人のメンタリティー、とりわけ「優れたもの、力あるものは国や民族を問わず自分達の中にとりいれる」というチベット人の精神的性質を見ることが出来た部分も、興味深かった。「推理小説」としてのシャーロックホームズを好む人達に受けるとは限らない気がするが、エンターテイメント性はかなりあるので「ホームズ」にこだわりがない人には十分楽しめるのではないだろうか?
内容の雰囲気を料理のレシピっぽく表現するなら、

1.『シャーロックホームズ』に『少年キム』の世界をみじん切りにして混ぜ、なじんだところで『インディージョーンズの始めの2、30分辺り』のみを投入してテンポ良く生地をこねる。
2.こねた生地にチベットの貴重で詳細な歴史と文化と精神性を丹念にすり込み、隠し味に『香港映画』を少々ふったら適当な大きさに分け、それぞれに『推理』と『オカルト』をぬり、シャンバラの氷河の入った冷凍庫にて凍らせる。
3.一時間後、凍ったその物体めがけて『インディージョーンズのクライマックス部』と『サザンアイズ5巻』を渾身の力で振り下ろして粉々に叩き割る。
※ハリウッドなどで市販されている『無理目どんでん返し』と『ご都合主義的展開』を使えば後始末は楽々です。
4.ヤクのバターで独特の香りが出るまで祈りを込めて神聖な気持ちで焼く。

この表現で分からない人は、実物を読んでみればいい。

実はシャーロックホームズの作者アーサー・コナン・ドイル(1859-1930) 、オカルト信奉者としても有名。『心霊術の歴史』という本も出している。19世紀末、最も有名な魔術結社『黄金の夜明け団』からの勧誘を受け、夜中に幽体離脱した結社のメンバーの訪問を受けたという。彼はまた、妖精の存在を信じていた。ドイルが関わった「コティングリー妖精事件」という実話をもとにした『フェアリー・テイル』という映画をご存知の方もいるだろう。彼は古くから妖精信仰を持つケルト系なのだ。
科学的・理論的手法が売りの推理小説を書くかたわら、オカルトにも親しむ。「イギリス人はオカルト好き」といわれているが、ドイルもそうらしい。彼に今回のチベット人が書いた作品を見せてみたい。多分怒らないと思う。

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2007.02.23

ファミ通コネクト!オンvol.4

さて、本日出ました「コネクト!オン」。とうとう占いコーナーにオリジナルのマスコットキャラクター登場! カエルさん多謝。一応かわいいキャラクターのつもりなんですが・・・
今回の編集長代理との掛け合い部分において、私がなかなかの電波キャラ扱いをされていますが(最終チェックのPDFが届いた時は大爆笑)実際はそこまで飛ばしてません。登戸に来る方は怖がらなくても大丈夫ですよ?

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2006.12.22

コネクト!オンvol.3

えーと、一昨日未明、出版直前の修羅場を乗り越えた編集長の生霊に枕元で脅されたので(嘘です)、お知らせします。
ファミ通コネクト!オンvol.3が出ました。今回私の占いコーナーはクリスマスなイラストを載せてお届けいたします。
イラストのコメントにある「ノーラッド」がわからない人はこちら。誕生の歴史が面白いです。
最後の一文を「ノーラッドのように」か「地上400kmから」にしようか迷いました。
今回はゲームソフトが当たるクリスマスプレゼント企画もあるそうです。
詳しくはコネクトオンのブログでどうぞ。

この編集長、ホントに面白い人です。ゲームに詳しくない人がブログを読んでも、きっと楽しめるでしょう。

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2006.10.06

ちょっとウレシイこと

今月発売される「コネクト!オン」vol.2にて、私の描いた何かが占いページに載ります。
数日前にページのデザインが届きました。そこに確かに載っていました。しかも、マルで囲って「もっと大きく」とメモが入ってました。自分の描いたものを何かに生かせないかとずっと思っていたので、うれしいです。

現在「コネクト!オン」ではアンケートを募集しているようです。内容が採用されると掲載されます。ファイナルファンタジーXIをやってる方はぜひ。

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2006.09.17

「コネクト!オン」でお悩み相談募集

現在占いを載せているオンラインゲーム専門誌 「ファミ通Connect!On-コネクト!オン-」 が占いコーナーでお悩み相談の募集をしています。応募の中から選ばれた相談内容とそれに対するアドバイスが雑誌の中で掲載されます。

あて先については、コネクトオンVol.1及び10月に発売されるvol.2の占いページにあります。そこのメールアドレスに送って下さい。
住所、氏名(ペンネーム)、年齢、西暦の生年月日、電話番号をお忘れなく。

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2006.07.21

国内初の雑誌の仕事

このたび、「ファイナルファンタジー11」「モンスターハンター2」などといったオンラインゲームを扱う専門誌 の
「ファミ通Connect!On-コネクト!オン-vol.01」
という雑誌にて、12星座別のちょっと変わった(?)占いコンテンツを提供させていただくことになりました。
詳しくはこちら
雑誌は本日発売(地元の本屋にもありました♪)。
オンラインゲームをやってる方、興味のある方はどうぞ。 感想大歓迎。

コネクト!オンのブログ

毎日新聞
エンターブレイン:「ファミ通コネクト!オン」を創刊

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2006.01.17

祝 たま出版と相互リンク

「TVタックル」などでおなじみの韮沢純一郎氏が社長を務める、株式会社たま出版のサイトと私のサイト「占い師AYAのテーブル」がこのたび相互リンクしました。
なんか異様に嬉いっす。

ばんざーい。
peanut


なお、グーグルやyahooで「占い師AYAのテーブル」ってキーワード検索すると、一番上にヒットします。
このブログも、タイトル入れて検索すると、やっぱり一番上にヒットします。いまのところ。Rssってすごい。

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2005.03.24

ダヴィンチ・コードって面白い?

テレビでも取り上げられた「ダヴィンチ・コード」。巷では売れているとのこと。私はまだ読んではいないが、ダヴィンチにまつわるミステリアスな話は聞いたことがある。それも、かなーりマニアックな話し。どうやら、以前聞いたその手の話をもとに書かれた小説が「ダヴィンチ・コードらしい」。以下は私が聞いたマニアックな話。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(ヴィンチ村のレオナルド)は、イエス・キリストからマグダラのマリアにだけ受け継がれたキリスト教の秘儀(密教、あるいは秘教)の系譜を持つ秘密結社の一員で、彼自身も結社の一員としてマグダラのマリアが受け継いだ秘儀と同じものを受け継いでいた。そして、自分がその一員である事を示すために、同じ系譜を持つ者にしかわからない方法で自分の作品に暗号を残した。その一番有名な絵が「最後の晩餐」と「岩窟の聖母」。そして、マグダラのマリアがイエスから受け継いだもう一つの秘密。それが彼との間に生まれた子供だった。キリストの血を受けたといわれる「聖杯」は、キリストの血(遺伝子)を受けた彼の子孫を示している。というもの。この場合、十二使徒が受け継いだイエスの教え(密教に対して顕教)が権力を握って今のキリスト教というになった事らしい。
イエスの教えのうち、マグダラの系譜の方は教会当局から当然の様に異端とされ、秘密結社はフランスのプロヴァンス地方にこっそり隠れて存続していた・・・

以上が私の聞いた話。ここで、ある事が思い出される。
実は、タロットカードの大アルカナ(絵札)の最後のカードである「世界」のカードの絵のモデルは、「昇天するマグダラのマリア」といわれている。マグダラのマリアはイエスから授けられた秘儀の修行をして、いわゆる「悟り」のような状態になり、 神の英知に直接触れ、自らも神と同じレベルになった(神と合一した)ために、この世の領域を越えて 神の領域へステップアップしたことが「昇天(アセンション)」とされている。 神秘主義、或いは魔術をたしなむ者には抵抗が無い説だが、神と同レベルになるなんて 当事の教会が許すわけも無い。ここで妄想すると、ダヴィンチと同じルネサンス期に吹き荒れた魔女狩りの嵐 に火刑台に上った者達の中には、マグダラのマリアおよびダヴィンチと同じ秘儀を受け継いだ 者達がいたのだろうか。大半は「言いがかり」だったらしいけど。

なお、ノートルダム寺院にも「黒い聖母子像」という形でマグダラのマリアとその子供(=イエスの子) が奉られているそうだ。ノートルダムは古くからある場所の名前で、「我らの母神」 という意味。補足トリビアを言うと、 あの預言者ノストラダムスの一族は、彼の祖父の時代にノートルダム寺院で洗礼を受け、 キリスト教に改宗したユダヤ人だった。
ノストラダムスもまた、ダヴィンチ同様に、医学、占星術、料理、芸術など多岐にわたった才能の 持ち主だった。彼の出身地もプロヴァンス。そう、例の秘密結社が隠れていた地域。ただ、ダヴィンチが死んだ時ノストラダムスはまだ16歳なので、多分二人に面識はなかっただろう。某掲示板には、面白がってトンデモっぽく書いちゃったけど☆

※イエス自身はクムラン教団と呼ばれる秘密結社の一員だったという話もある。このクムラン教団では、現在の西洋系占いにも大きな影響を与えたカバラ(ユダヤ密教)や魔術の研究と実践をしていたそうな。まあ、イエスの逸話には彼が魔術を使えたかのような話もいっぱいあるけれど、もちろんキリスト教にはそんな前提は無い。全ては、「奇跡」という専売特許。

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2004.11.18

江原啓之氏が母校の先輩だった

最近何かと注目されているスピリチュアルカウンセラーの江原啓之氏。実は最近になって彼が母校の先輩であることを知る(彼が学生の頃私はまだ入学してないけど)。人文学部芸術学科だったそうだ。私が学生時代キャンパスで占いの露天を出していたときは、芸術学科の生徒がかなり訪れていた。アーティストタイプの人はインスピレーションを受け取ることが多いからか、神秘的なものに興味を持つことが多いのかもしれない。
その後、彼は神道を勉強するために別の大学に入ったらしい。
彼、インド医学ではカパ(水の要素)が強いのではないだろうか。受身で聞き上手だし、声もいい。カウンセラーには向いているのかもしれない。江原氏は本も良く売れている。地元の本屋にも彼の著書が置いてある。彼の登場で、ニューエイジがサブカルチャーからメインカルチャーになりつつあるのだろうか。
良く言われるように、「自分はどうやって生きればいいのか」、「自分は何故思うように上手く生きられないのか」、「自分の生きている世界は一体何なんだ」「自分が生きる意味は・・・」という疑問に対して理由を誰かに説明してもらいたい。そんな人達が増えたのかもしれない。江原氏のファンには、ちょうどバブル時代に若い時期を過ごした女性が多いそうだ。つい十数年ほど前まではジュリアナでふわふわ扇子を振り回していたらいつのまにか不景気になってしまった。そんな感じだろうか。自分が「こうだ」と思っていたこと、あるいは「こうだ」と植え付けられていた認識が必ずしも通用しなくなる。そんな変化が彼の本を有名にさせたのだろうか。

占いに来るお客さんには、自分の人生を自分で創るということがどう言うことか分からなくなってしまったお客さんも多い。無論、私とて自分の人生の創り方が分かっている、と言うつもりは無いけれど。
そんなふうに、妙な「生きにくさ」を持つ人が増えたことで、「スピリチュアル」と名がつく・つかないに限らずカウンセラーの需要が増したような気もする。同様に、占いを利用する人も増えた。ただ、カウンセラーも占い師も、必ずしも上に挙げた疑問の理由や答えを提供できるわけではないことを覚えておいて欲しい。「自分が答えを見つける」、「自分で理由を探し当てる(あるいは自分で理由付けする)」「自分の生き方を見つける」。占いやカウンセリングがこういったテーマを実現する為のツールになることはありこそすれ、占い・カウンセリングを受けさえすれば後は何もしなくてもテーマが実現できたり、答えが出てくるのだ、とドグマチックな発想に縋ることは危険だ。そういう発想は瞬く間に「自分の人生を自分で創造する」ことから自己を遠ざけてしまい、結局また同じ「生きにくさ」に逆戻りしてしまうから。
それに、もし私が悪い占い師だったら、そんな発想を逆手にとってプラスチックの印鑑を高値で売るようになるでしょうから。

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2004.07.14

チベット人の書いたシャーロックホームズ

気がついたらずっと記事書いてない。仕事は徐々にだが雰囲気に慣れて来た。電話鑑定やってるのに電話の応対は下手だけど;
何より、チベット関係の資料が読めたり、チベット人(通称チベタン)と世間話が出来て楽しい。
「うちの子が仔猫拾ってきちゃって困ってるのよ」とか。
やはり子供はどこも変わらない。大概1度は生き物を拾って来る。私もまだ目も開かない捨て猫を拾って来た事がある。拾って3日目に死んでしまったが・・・

なお、シャーロックホームズファンのチベタンが、今度主人公ホームズの「空白の3年間」に起きたエピソードを小説として出版し、その翻訳が日本でも発売されている↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309204074/ref=pd_sim_dp_3/249-6991458-4229941

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