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2008.04.27

聖火リレー騒動もカタルシス願望?

※以下の文章は私個人の独断と偏見です。

北京オリンピックの聖火リレーが大荒れだ。オリンピック史上一番荒れたんじゃあるまいか?
パリ・ロンドンでは聖火リレーへの妨害が凄かった。長野の聖火リレーは中国人が熱いだけじゃなく、日本人も従来のイメージからは意外なほどヒートアップ。「チベット問題への抗議」という形を取って聖火隊へ色んな物が飛んだり、中国人のグループと乱闘になるなど過激な行動が続き、けが人と逮捕者も複数出た。
一方、チベット人達は愛ちゃんが走ってるときに一人の台湾に住むチベット人が泣きながら乱入した他は、日本人・中国人のように「集団で過激に熱く盛り上がる」というよりは静かに厳かに善光寺主催の暴動犠牲者追悼法要で手を合わせる人が多かった。デモも過激な行動はなく元気だけどお行儀の良いものだったようだ。そもそも、チベタンたちは聖火リレーや北京オリンピック自体に対して抗議しているわけではない(動くタイミングは合わせたけど)。ダライラマも五輪や聖火リレー自体には反対していない。むしろ支持している様子。聖火リレーに対して過激な妨害行動をしているのはむしろチベタン以外の人々が圧倒的に多い。外野の抗議行動が本来の目的から離れて独り歩きしてる感じもある(ロンドンにはフーリガンという、もともと過激なお祭り騒ぎが大好きな人々もいるし・・・)。
長野聖火リレーで初めて「抗議行動」というものに参加した日本人達は比較的若い層が多く、当日の抗議行動の計画はネットで知った人が多いという(ネットでも今までにないくらい盛り上がっていた)。長野の聖火リレーの騒動をテレビで見たり当日のネットでの盛り上がり方を見る限りは、ロンドンやパリに現れた一部の過激な妨害と同様、「純粋なチベット問題への抗議行動」というよりは単なるお祭り騒ぎや憂さ晴らしがしたかった」人も多かった感がある。皆がそうとは言わないが、そんなタイプが日本にも多いことを示すかのように、「エクストリーム聖火リレー」なる冗談も出た(ちなみに、地元で聖火リレーがあるのに長野市民はかなり冷めてたらしい)。
聖火リレーでの騒動は単に人権問題への抗議や政治的なものだけではなく、その一部には深い無意識の底で以前書いたあのカタルシス願望から来る情熱が何割か入ってる感じがする。大荒れの聖火リレーはカタルシス願望の良い投影対象になったかも。各地の中国人応援団(?)の熱狂振りも、同じようなカタルシスタイプの情熱があるように感じる。

ただし、長野で起きた抗議行動の全てや最近起きている若い人々のチベット問題に対する情熱と関心の高まりを全て「単なるカタルシス願望の投影」とだけで片付けてしまうのは乱暴だ。以前から長い間落ち着いた抗議活動をしていた団体もあるし、チベットには関心があるけど大荒れの聖火リレーには関心がない人もいる。初めて「抗議活動」というものをするべく長野聖火リレーの現場へ乗り込んだ若者たちは、「チベットというか大荒れの聖火リレー自体が気になるにわか活動家」と「最近なぜかチベットが気になり、なぜか感情移入しちゃったにわか活動家」の間を漂っている気がする。
特に後者に近い(後者に属する)場合と「チベットには関心あるが大荒れ聖火リレーには興味なし」な人の場合、「なぜチベットが気になり、なぜチベットに感情移入したか?」は単なる「カタルシス願望」だけでは説明しきれない、ちょっと不思議なところがある。チベットに関心が向いたのは別の理由からだろう。つい最近まで若者たちが情熱を注ぐ方向は大概スポーツや恋愛や各種ポップカルチャーだったりすることが多かった。政治的な話にはどちらかといえば無関心で、97年にハリウッドの人気スターブラッド・ピットが出演した「セブンイヤーズ・イン・チベット」がヒットした時も、注目されたのはチベット問題よりブラピ。
それが今年の3月14日ラサでの暴動のニュースが流れて以降、なぜ急に若者が「チベット」へ熱く感情移入する現象が増えたんだろう? 人権問題の悲劇ならダルフールやミャンマーやイラクも有名なのに、なぜ、「チベット」?
次回はそれに関してして限りなく電波に妄想してみようと思う。

予言とカタルシス願望
デクレア・インデペンデンス

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» チベット国旗は、捨てないでください。 [罵愚と話そう「日本からの発言」]
「チベット蜂起支援・インスタント平和運動」について  長野の聖火リレーを見ていると、中国の五星旗は二種類しかなかった。おおきな旗と、手旗の二種類が、工業的に大量生産されて、組織的に配布されていることが、よくわかった。どこで、だれが作って、どういうルートで配布されて、テレビカメラにおさまったのか、その裏側にはどんな組織が介在しているのかの詮索は、誰かにまかせるとして、その五星旗に比較して、チベット国旗は、バラエティーに富んでいた。  おおきなのや、ちいさなのや、プラカードになっているのやら...... [続きを読む]

受信: 2008.04.28 09:49

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